現在をさかのぼること、3年前…。
作曲家川人は頭を悩ませておりました。
映画祭で知り合った友利監督と「なにかやりたいね」という話になり、「川人さんも脚本書くでしょ。なんかアイデア出してみて」というざっくりしたオファーに乗ってみたはいいものの。
友「それもうある」
友「アマゾンプライムで先週見た」
友「恋愛ものヘタか!」
次々と容赦ないボツをくらい、半ば意気消沈しかけたころ…。
あ、そういえば思い出した。
川「友利さん、わたし徳島出身なんですけど」
友「えーと…徳島ってK県の下?」
川「K県を乗っけてるんです」
友「あー…まあいいや。それで?」
川「田植えが終わると、阿波踊りの練習が始まるじゃないですか」
友「知らないよ、その常識は」
川「それで、田んぼの向こうから、お囃子の音が聞こえてくることがあるんです。もこもこって。小さいころ、夜寝つけない時なんかに、かえるの声にまじって聞こえてきて『なんだろ?』って思ってたんですけどね。あとから知ったんですけど、その音を地元では『ぞめき』っていうんですね」
友「その話、乗った!」
川「話はっや!」
友「言葉にできないはずのふるさとの音に、名前があるってことでしょ?やりましょう。タイトルは、えーと、ぞめき、ぞめきの…」
川「ぞめきのくに?」
友「それだ!」
こうして、タイトルが一番に決まり、『ぞめきのくに』は歩きはじめました。
わたしにとっては、自分のルーツ。
でも、全然知らない人が聞いたら、どんなふうに感じるか。そんな想像をはたらかせて、「徳島にやってきた東京の女の子」というお話になりました。
昨年のロケーションハンティングの時、ロケーションサービスの谷口さんに夜まで付き合っていただいて、そろそろ散会というころ、
友「阿波踊りの練習をやってるところがありそうだったら、教えていただけます?」
谷「特に問い合わせとかはしていないのですが、この時期だったら、音をたどっていけば練習に出会えるかもしれません」
音をたどっていけば。
なんて素敵な言葉でしょう。
その言葉どおり「音をたどって」、東新町商店街で出会ったのが、まさに阿呆連さんでした。
ぞめきからはじまった映画が、ぞめきによって、さまざまなご縁に引き合わされていきます。
この『ぞめき』、県内ではあたりまえすぎて、撮影の際に、思わぬおちゃめなハプニングを生むことも。
7月、本撮影の前に、風景映像や環境音を押さえるため、カメラマン地村さんと川人で徳島県に前乗りした時のこと。
川「夜の川のせせらぎを録音したんですけど…」
地「これは入ってますねー」
川「入ってますねー、何回録音しても『ぞめき』入っちゃいますねー」
この時期は、どこも本格的に練習していらっしゃるので、なにか録音しようとすると、必ず小さな音で『ぞめき』が入ってしまう!
また、お盆明け、水門橋での撮影にて、
友利「なんかぞめき…ぞめき聞こえる…」
古屋さん(録音)「怖っ!録音には入ってないですよ!」
宿泊所にて、風で窓が鳴るのを、カメラマン地村さんが、「なんかぞめき鳴ってる!」と飛び起きたとか、起きないとか。
撮影最終日には、キャスト、スタッフ全員が『ぞめき病』に罹患していたことでしょう。
それは、わたしのふるさとの音が、みんなにもひそやかに広がり、根付いていく瞬間だったんじゃないかな、と。
徳島県出身のわたしは、密かにほくそ笑んでいるのです。
脚本・音楽
川人千慧